福井の司法書士 永田司法書士事務所 相続・遺言・不動産登記・商業登記

資料室

賃貸住宅トラブルの解決に向けて

平成23年11月22日(火)
               
賃貸住宅トラブルの解決に向けて

                     司法書士 永田廣次


前提
甲(個人)は、乙(個人)から乙所有のAマンションを居住目的で賃借した。



「賃貸住宅トラブルの発生原因はどこにあるのでしょうか?」
     

昔から、衣食住といわれ、住は生活の基本の柱となる。
民間賃貸住宅は、住宅ストックの約3割を占めており、国民の住生活の安定の確保及び向上促進のために極めて重要である。
これまでの住宅政策が、持ち家政策が重視され、賃貸借の環境については2の次とされてきた。そして、住宅金融公庫が廃止され民間市場が拡大し、公営住宅の縮小も見られた。
民間賃貸住宅を巡っては、従来から様々な問題が発生している。相談内容は、敷金の返還、原状回復、管理業務を巡るものが多い。
法律上は、賃貸住宅トラブルの原因は、特約の効力が最も重要なポイントである。
加えて、近時、家賃債務保証業務に関連して、滞納・明け渡しを巡るトラブルも増加している。
①契約書は賃貸人側で有利に作成する。しかも内容が抽象的であるものが多い。また、特約条項が一般条項に入れられており認識しにくい。
②賃借人は、契約内容をよく理解しないで署名捺印する。
③少額が争いとなる。
④賃借人の泣き寝入り体質がある。
⑤法的解決に時間と費用がかかる。
⑥賃貸人の素人経営と高齢者化と業者任せ。
 ⑦不況による損失の転嫁。
⑧入退時の立会い書面や原状確認。



第1 賃貸借契約の締結


1 「甲の長男が東京の大学に合格しました。甲は、長男のために乙のAマンションを借りるに当たって、保証人をつけるか又は家賃保証会社と契約するよう言われました。何か問題はないでしょうか?」


アパート、マンションなどの賃貸借契約を結ぶ際、一般に、入居者の債務を担保するため、連帯保証人を立てるよう求められる。しかしながら、家族関係の希薄化、自立志向の高まり等により保証人を頼みにくい、あるいは頼みたくないという入居希望者がいる。
このため、従来からの市場慣行である連帯保証人制度に替わるものとして、入居者の家賃債務を一時的に肩代わりすることなどを「家賃債務保証サービス」として提供する家賃債務保証会社の活用が図られるようになってきている。
入居者が一定の保証料を家賃債務保証会社に支払うことにより、入居者が万一家賃を滞納した場合、家賃債務保証会社が入居者に代わって一時的に家賃を立て替えて家主に支払う。なお、入居者は、後日家賃債務保証会社から立て替えた金額を求償される。

しかし、現在、家賃保証債務保証業務を規制する法律等は存在していない。
又、賃貸住宅の管理会社の管理業務についても、これを規制する法律等も存在していない。
そして、家賃保証債務保証会社に限らず、賃貸住宅の管理会社や賃貸人が違法又は不適切な行為を行っている事例も発生している。
具体的には、未明までの支払いの督促を受けた事案や、賃貸住宅の部屋のカギを賃借人に無断で取り替え部屋に入ることができなくなった事案、部屋の中の荷物を勝手に搬出するといった事案が発生している。
さらには、家賃債務保証会社に関しては、経営が破綻し、賃借人や賃貸人に不測の損害をもたらす事例もある。

        
2 「甲は乙のAマンションを借りるに当たって、保険に入るよう仲介業者から言われました。保険に加入しなければならないでしょうか?」


賃借紛争の円満な解決に対応できるよう保険でカバーする仕組みも重要である。
しかし、仲介業者が損害保険の代理店をしている場合も多く、さらに賃貸借契約に保険加入義務があると説明されるケースもある。
賃借人は何の目的で保険に入るかを検討する必要がある。無駄な保険に加入する必要はない。
保険は、事故、賃借人の損害賠償責任に対応するためである。最も多い事故は、賃借人の水漏れ事故である。しかし、賃貸人は、賃借人の事故により物件の一部が滅失毀損した場合の補償のために保険をかけることを希望する。

保険の内容を見てみると
①火災保険
 火災保険には賃借人に加入する義務はない。火災保険は、通常、建物全部について、自己所有者である賃貸人が加入しており、仮に、同一物件で重複している火災保険は、火事になっても重複して保険金が下りない。無駄である。
②借家人賠償保険
 修繕費や賃借人の過失で出火させてしまった場合の家主への賠償金になる。保険金額は1000万円もあれば充分である。
③個人賠償責任保険
賃借人の過失で水漏れや物を落下させて近隣の賠償が必要になった場合の保険である。
④家財保険
火災や盗難で賃借人の家財や貴金属に被害があった場合の保険である。

実際には、②借家人賠償保険に加入すれば事足りるが、保険会社によって商品は種々あり、他の保険とセットになっている場合が多い。
なお、修理費用担保特約(契約に基づいて負担する小修理費用を保険)も組み合わせるとよい。

契約書中で義務づけをしている場合は、保険の加入義務が発生する。
しかし、仲介業者に強制される保険に加入しなくてよい。もし、強制されると、抱き合わせ販売の義務付けによる拘束となり独禁法に抵触する(19条 一般指定10項)。


第2 賃貸借の効力

[修繕義務・必要費]


3 「Aマンションが雨漏りします。また、ベランダの手すりが壊れています。壁のクロスも傷みました。しかし、契約書には、『通常の修理費は賃借人が負担する』と記載されています。甲は家主である乙にこれらの修繕を請求できるでしょうか?」


 原則
 賃貸人には、使用収益させる義務、修繕義務(民606条)がある。
①原状維持・回復(雨漏り 屋根修理)
②通常の使用収益できる状態で保存する行為(排水管)
が、賃貸人の義務である。

 例外
但し、通常の修理費(小修繕)は賃借人が負担する特約は有効である(民法608条は任意規定)。
 特約により、畳の表替え、障子ふすまの張り替え、電球・蛍光灯の取り換え等は、賃貸人の責任が免除される。

 特約の制限
 何処までが特約の範疇(小修繕)か?
 ベランダの修理や壁のクロス、床のカーペットは相当の費用がかかり小修繕でない。
 さらに、建物の基本的な構造に影響する修繕は大修繕で、特約があっても家主が負担するべきものである(判例)。

 しかし、さらに「賃貸人は、何処までも修繕する義務があるか?」
修繕が可能でなければならない。
 修繕が可能かどうかは、物理的技術的ばかりではなく、経済的な観点からも判断するべきで、修繕に新築と変わらないような費用を要するときは経済的に修繕不能となる。

 その結果、使用できない部分が一部であれば、賃借人は賃料減額請求権がある。
 又、建物を賃借した目的が達成できないならば、契約の解除ができる(611条類推)。

 「仮に、賃借人甲が、ベランダを修理したら、法律関係はどうなるか?」
甲は直ちに必要費の償還を請求できる(608条)。翌月の家賃と相殺できる。必要費の償還請求権は10年の消滅時効にかかる。
又、契約が終了してから1年を経過すると請求できなくなる(621条・600条)。


[有益費償還請求権]

4 「甲は、クロスの張り替えを行いました。契約書には、有益費は借家人の負担とするとの特約があります。甲は乙に、クロスの張り替え費用を請求できますか?」


まずクロス張り替えが有益費に該当するかが問題である。
有益行為というためには、目的物を通常利用する上で価値が客観的に増加したと評価されることが必要である。又、建物に符合することも要件である。
賃借人の趣味でクロスを張り替えることはあたらない。
 
 造作も有益行為も経済的には賃借人の投下資本の回収という点で共通問題があるが、有益費償還請求権放棄の特約は有効であるとするのが判例の立場である。


[造作買取請求権]

5 「甲は、今から4年前に乙からAマンションを賃借し、乙の許可を得て当時3万円をかけて吊り戸棚を設置しました。今回契約を終了するに当たり、この吊り戸棚の買い取りを請求できますか?」


借地借家法33条(旧借家法5条)は、借家契約終了時に、借家人が家主の同意を得て建物に付加した造作を、時価で買い取ることを請求できると規定する。

造作とされるには、賃借人の所有に属し、建物から取り外したら役にたたなくなるもので、客観的に役立つものをいう。
例) 畳、建具、雨戸、吊戸棚、クーラー、システムキッチン

しかし、平成4年8月施行の借地借家法3条、37条は、特約により造作買取請求権を放棄することができるようにした。
施行前の特約は効力がないが、施行後に改めて特約を結べば有効である。
 

[賃料減額請求権]

6 「甲は、今から10年前に乙からAマンションを月5万円で借りました。その間、家賃は、値上げもありませんでしたが、近時甲の生活も苦しいので、家賃の値下げをお願いしようと思います。値下げ請求はできるのでしょうか?」


一定の事情変更があれば、賃借人は、家賃の減額請求権が認められる(借地借家法32条)。
①土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減
②土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動
③近傍同種の建物の借賃に比較して不相当となった

②の文言は新法によって新たに加えられた。
その他の経済事情の変動とは、物価や国民所得や労働者の平均賃金の変動をいう。

不減額特約(一定期間賃料を減額しない特約)は無効である。


 「家賃の減額手続きはどのようなものですか?」

減額請求(3万円)を相手方に伝えたときから減額の効力が生ずる。
家主と話し合いがまとまらなければ、新法により調停前置主義となった。

協議が整わなければ、家主は、相当と認める額(4万円)の賃料を請求できる。
減額を正当とする調停や裁判が確定した時において、借家人がすでに支払った額(4万円)が正当とされた額(3万5千円)を超えるときは、建物賃貸人は、その超過額(5千円)に年1割による受領時から利息を付して返還しなければならない。


第3 敷金返還義務および原状回復義務

[クロスの交換特約・畳の表替え特約・ハウスクリーニング特約等と賃借人の費用負担]

7 「甲は、2年前にAマンションを家賃5万円、敷金3ケ月分で入居しました。
今回引っ越すことになったので、契約書を改めてみると、クロスの交換特約・畳の表替え特約・ハウスクリーニング特約がありました。このような特約は有効で、敷金から控除されてもしかたないでしょうか?」



賃借人は原状回復義務を負う。しかし、原状回復義務とは、賃借物を返還する際には、賃借人が設置したものを取り除いて返還するということであり、新品にして返す必要はない。契約時の原状に復旧することでもない。
但し、賃借人の善管注意義務違反または許される通常の使用を超える使用によって毀損・汚損が発生した場合は、その修繕費用は、賃借人の負担と考えられる。
敷金からは、賃借人の一切の債務が控除される。しかし、特約があった場合でも文言どおり敷金から控除されるとは限らない。
通常の使用によって必然的に伴う損耗、汚損等、時間の経過によって生じる自然的な劣化、損傷については、特約があっても原則敷金から控除できない。

①自然損耗はこの意味での損傷に当たらないので、返還時の状態で返還すればよい。クロスの「自然色落ち」や冷蔵庫設置場所の「電気ヤケ跡」は賃借人として許される通常の使用によって生じる損耗なので、特約があっても控除できない。
通常損傷分の原状回復費用は、減価償却費として一般的に賃料に含まれている。
②畳の表替特約は、小修繕を賃借人負担で行う特約である。
しかし、通常の使用方法による自然損傷は、賃貸人の負担であり、特約に合理的理由があり特約内容を充分に認識している場合に例外として許される。
それゆえ、入居後短期間で退去する場合や、賃借人が自分で畳入れ替えを行って間もない時期に退去した場合も、敷金から控除できない。
③ハウスクリーニングは、室内を清掃消毒し、入居前の状態に近い状態に回復する作業をいう。トイレの黄バミや風呂場台所の消毒清掃等特殊な洗浄剤や技術を要し一般的には困難である。
これは、次の賃借人を確保するためという側面が強く、賃貸人側の事情により行うもので、賃貸人が負担するべきである。
④カーペットを煙草で焦がしたとか子供のマジック悪戯等は、賃借人の原状回復義務があり違反すれば損害賠償の対象となる。
しかしその範囲は、広範囲に行う必要はない。カーペットの場合は当該居室、クロスの場合は当該壁面一面の張り替え工事が補修範囲である。


[敷金の当然控除特約(敷引特約)]

8 「このたびAマンションを出ることにしました。敷金をいくら返していただけるか大家の乙に聞いてみると、敷引き特約により2割は当然控除し返すと言われました。しかたないでしょうか?」


敷引特約とは、賃貸借建物の明渡しの際、当然に敷金の何割(何月分)かを控除しその残余を返還する旨の特約をいう。償却特約とも没収特約ともいう。しかし、各地域における慣行に著しい差異がある。
敷引き特約は2つの意味がある。
①通常の損傷に関する原状回復費用は、本来貸主が負担するべきだが、これを借主の負担とするという趣旨
②原状回復費用は、契約終了時に具体的に計算されるべきであるが敷き引き特約で低額化を図るという趣旨

平成23年3月24日最高裁判決
平成23年7月12日最高裁判決
「賃貸人が契約の条件の一つとしていわゆる敷引特約を定め、賃借人がこれを明確に認識した上で賃貸借契約の締結に至ったのであれば、それは賃貸人、賃借人双方の経済的合理性を有する行為と評価すべきものであるから、消費者契約である居住用建物の賃貸借建物の賃貸借契約に付された敷引特約は、敷引金の額が賃料の額等に照らし高額すぎるなどの事情があれば格別、そうでない限り、これが信義則に反して消費者である賃借人の利益を一方的に害するものということはできない。」


第4 更新料

[法定更新と更新料]

9 「甲は、Aマンションを期間2年の約束で借りました。特に更新の合意をしないでいたところ、先日乙から更新料を支払うよう請求が来ました。支払わなければならないでしょうか?」


平成23年7月15日最高裁判決
「更新料が、一般に賃料の補充ないし前払、賃貸借契約を継続するための対価等の趣旨を含む複合的な性質を有する。
賃貸借契約書に一義的かつ具体的に記載された更新料条項は、更新料の額が賃料の額、賃貸借契約が更新される期間等に照らし高額すぎるなどの特段の事情がない限り、」無効とすることはできない。

特約は有効である。しかし、各地域における慣行に著しい差異がある。

更新料を支払わない場合でも、信頼関係の破壊にならなければ解除されない。

 
第5 特殊な理由による解約

10 「次にような特約による解除は有効でしょうか?
①「入居者、同居人及び関係者で精神障害者、又はそれに類似する行為が発生し、他の入居者または関係者に対して財産的、精神的迷惑をかけた時」
②「外国人で隣人とのコミュニケーションがとれる程度の日常会話ができない場合」
③「賃借人は、爬虫類、犬、猫等の動物を飼育した場合」


人権無視とか公序良俗に反する契約条項は無効である。

③のペット飼育禁止特約は、共同生活の安全衛生、秩序維持などの理由から、一般に有効である。
しかし、特約に違反しても直ちに契約が解除とはならない。違反により、近隣居住者・家主等に迷惑をかけてばかりいるなど、家主との信頼関係が破壊されたといえなければ解除できない。

特約なくとも、借主には、糞尿の後始末をおこなうなど近隣の人の平穏を侵害しないよう飼育する義務がある。このルールを守らず程度が信頼関係を破壊するほどであれば、特約なくとも契約解除できる。


第6 保証人の法律関係

11 「甲は、乙とAマンションにつき、5年ほど前に契約期間2年の賃貸借契約を締結しました。その際、丙が甲の保証人となりました。
先日、乙から丙に対し、『甲が賃料を6ケ月分滞納したので契約を解除した。そこで、滞納家賃及び明渡しまでの損害金を支払っていただきたい。さらに建物も明け渡してほしい。』と言われました。
丙は応じなければならないでしょうか?」


民法447条1項により、賃貸借契約における賃借人の保証人も滞納家賃及び明渡しまでの損害金も支払い義務を負う。

賃貸借契約が更新された場合の保証人の責任は問題がある。民法619条2項本文は、更新前の賃貸借について当事者が供与していた担保は期間の満了によって消滅すると規定する。
しかし、平成9年11月13日付最高裁判決は、借地借家法が適用される場合は、正当事由がない限り賃貸人は更新を拒絶できないため、賃借人が望む限り、更新により賃貸借関係が継続するのが通常であるから、更新後の賃貸借から生ずる債務についても保証の責めを負う趣旨で保証契約をしたと解した。

建物明け渡し債務は、一身専属的債務であり、保証人が代わって行うことはできず、保証人は建物明け渡し義務まで負わない。

12 「丙は、今後保証人を止めたいのですが、保証契約を解除できるでしょうか?」


原則として、保証人が一方的に解除することはできない。
しかし、期間が相当経過し、賃借人がしばしば賃料の支払いを怠り、賃貸人も賃貸借の解除や明け渡しを求めない場合は解除できる場合もある。
その際、甲と丙との間柄、情義的関係や利益関係も斟酌される。


第7 賃借人が破産した場合の対処法

13 「甲は生活苦のため破産することになりました。甲はこれまでどおりAマンションに住むことができるでしょうか?」


管財事件の場合、賃借人地位は、破産管財人の管理下に置かれます。破産法上は破産管財人の判断によって賃貸借契約を解除することができます(破産法53条)。しかし、賃借人は、建物の引き渡しを受け居住している。これは、賃借権を第三者に対抗できる場合にあたる。個人破産の場合、破産後も破産者の生活があるので、解除されると生活が立ち行かなくなることが明白である。破産管財人は、解除できない(破産法56条)。賃借人は、賃貸人に直接賃料を支払い居住できる。
同時廃止事件では、破産開始決定後も、引き続き賃借人の地位に基づき居住できる。
なお、従前民法621条は、賃借人が破産した場合、管財人のみならず賃貸人にも解約申し入れ権を認めていましたが改正により削除されました。


14 「賃貸借契約書に、『「賃借人が破産した時は、賃貸人は本契約を解除できる。』との特約があった場合は、解除が有効でしょうか?」


かかる特約条項があったとしても賃貸人と賃借人との間の信頼関係を破壊するような特段の事由がない限り、解約することはできない。

賃貸人が破産した賃借人に漠然とした不安を抱いたとしても、それのみで解約を認めては、借地借家法が賃借人保護しようとした趣旨に反するばかりか、自己破産により立ち直ろうとした賃借人の経済的更生を妨げることになってしまう。


第8 賃貸住宅トラブル解決の課題

15 「賃貸住宅トラブルの未然防止や紛争の円満な解決には、どのような課題があるのでしょうか?」


国土交通省の賃貸住宅標準契約書の見直し
高齢者入居者に対する成年後見制度等の利用
原状回復やガイドラインのルールの整備
原状回復等に関する保険や保証人の検討
家賃債務保証業務等の適正化
裁判外紛争解決制度(ADR)の活用の促進
転居先の確保と支援

本人確認と意思確認

○○○会業務研修会

「本人確認と意思確認」

                         司法書士 永田廣次
                    
はじめに

犯罪による収益の移転防止に関する法律が平成20年3月1日から施行されている。この法律は、宅地建物の売買に関する手続き等特定業務につき本人確認が義務づけられた。

さらに福井県司法書士会は、司法書士に対し、法律より広く相談を除く業務全般につき本人確認と意思確認を義務づけた。



第1 本人確認と意思確認

1 定義

  本人確認とは、司法書士が、業務を行なうに際して、依頼者及びその代理人等の公的証明等により本人特定事項を確認して「本人の実在性」と「書類との同一性」の確認をすること並びに依頼者が依頼された事務の「適格な当事者」であることの確認をすることをいう。
  
  意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認することをいう。「意思能力」・「事実聴取」・「手続き選択」・「手続き依頼の意思」を確認する。


 2 要点

「本人確認・意思確認の対象者」

個人の場合
・本人確認の対象者は、顧客等をいう。依頼者及びその代理人等

・意思確認の対象者は、依頼者又はその代理人等

法人の場合
・本人確認の対象者は、法人及び代表者若しくは担当者等

・意思確認の対象者は、法人の代表者又はその担当者等


「本人確認の方法」
施行規則に記載されてある。

個人の場合
 ア 面談し本人確認書類の提示を受ける
 イ 本人確認書類受領後転送不要扱いの書留郵便等により文書送付

法人の場合
 ア 法人の代表者と面談し登記事項証明書又は印鑑証明書の提示を受ける
   又は、担当者と面談し、法人の登記事項証明書又は印鑑証明書の提示を受け、さらに担当者個人の本人確認書類の提示を受ける
 イ 法人へ転送不要扱いの書留郵便等により文書送付

 
「意思確認の方法」

個人の場合
   ア 面談  
   イ 電話

法人の場合
   ア 代表者との面談  
   イ 代表者への電話
   ウ 代表権限を有しない代理人等の場合は代表者が作成した依頼の内容及び意思を証する書面が必要(委任状)


「確認書類」
   個人の確認書類
   (1)写真つきの有効なもの
       運転免許証
       パスポート 

   (2)写真つきでない公的証明書
(有効又は期限のないものは発行後3ケ月以内)
国民健康保険証
       国民年金手帳
       後期高齢者医療保険証
       住民票
       印鑑証明書


「本人確認等の記録」

 依頼者・代理人等の氏名、住所、生年月日
    依頼内容
    確認方法 等
    特定業務の場合は、取引又は特定受任行為の代理等に係る財産の価格


「保存義務」
事実の証拠保全
当事者間の無用な争い防止

10年(犯罪収益移転防止法は7年)
退会後は保存義務がなくなるが、守秘義務は残る


「受託拒否」

本人確認並びに意思確認できなければ、受託拒否できる旨の規程が存す   




3 事例

Q1 「宅地取引決済に際して、本人確認・意思確認は売主とともに買主についても必要ですか? その際、何を持参していただけばいいでしょうか?」

買主についても、本人確認・意思確認が必要です。
住民票、認印の他本人確認書類が必要です。
本人確認書類としては、免許証の提示を求められています。
その際、免許証のコピーをそれぞれいただきます。本来原本の提示で よいのですが、運転免許証の内容を記録するには時間がかかり又誤りが生ずるので、免許証のコピーをいただきます。

決済当日仕事が忙しいため出頭できない場合は、事前に司法書士が本 人確認・意思確認することでもよいです。


Q2 「妻が、依頼者である夫所有の宅地売買決済に出頭しました。決済できるでしょうか?」

    できるばあいと出来ない場合があります。

 本人確認は、夫と妻に必要です。
夫の本人確認をどのようにするかですが、一般的には、事前に司法書 士が夫と面談し免許証原本の提示とそのコピーをいただいておくのが通常の方法です。
又、例外として、夫については、あらかじめ父の免許証のコピーをい  ただき、その住所へ転送不要扱いの書留郵便により委任状を送付しておき、この委任状を決済当日妻から収得する方法もあります。
免許証の住所が実際居住しているところと異なれば、郵便配達されま せんから決済できません。

意思確認は、夫又は妻 但し、依頼者である夫の意思を疑うに足りる 事情があるときは夫の意思確認をしなければならない。
  

ただし、司法書士としての職責上から言えば、依頼の内容及び意思確 認も必要であり、妻が夫の代理人として日常家事債務でない不動産取引について登記手続きを代行することは特別授権が必要です。司法書士は、夫から妻への特別授権を認定できないので、夫と面談し夫の意思確認をすることが原則です。最低限夫に電話をかけ意思を確認することが必要です。

これらができないときは、決済できません。

同例
長男が、依頼者である老齢の父所有の宅地売買決済に出頭した
 本人確認は、父と長男
 意思確認は、父又は長男(代理制度の尊重) 但し、依頼者である父  の意思を疑うに足りる事情があるときは父の意思確認をしなければならない。


Q3 「売主さんは、高齢のため免許証を持っていません。何を決済の場に持参すればよいでしょうか?」

    権利証、印鑑証明書、実印、本人確認書類
本人確認書類としては、写真付の公的証明書が理想です。パスポートがあればよいですが、写真付以外のものでは、官公庁の発行する公的証明書、例えば国民健康保険証、国民年金手帳、住民票等を持参してください。但し、規程基準第5条コメントでは、2点必要とのコメントがある。

(会則規程基準第5条(3)では、実印押捺の委任状と印鑑証明書で  もよいと記載してあるが・・・・・)


Q4 「株式会社の代表取締役がほとんど会社にでてきません。実務は、担当者が行なっています。この場合、司法書士は代表取締役も確認しなければなりませんか?」

法人の場合、代表者等とは、代表者のことではなく、実際に特定業務  に依頼の任にあたっている自然人を指します。それゆえ、例えば営業の担当者を確認すれば足り、代表取締役自身の確認は必要ありません。


Q5 「売買による宅地又は建物の所有権移転登記手続きの受任で、買主の地位の譲渡、第三者のためにする契約等中間の債権契約当事者(乙)が所有権を取得することなく登記名義人(甲)から直接最終取得者(丙)に所有権が移転する契約に基づいて行なわれる場合の顧客等とは誰になりますか?」

法律上本人確認の対象者(顧客等)は、甲及び丙です。この場合、中間者乙は契約当事者であり登記義務者に準じて考えるべき者ではあるものの、登記義務者そのものではありません。

しかし、司法書士会会則等では、依頼者又は代理人等の意思確認等を 司法書士に義務付けています。
意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認す ることをいいます。手続き選択・手続き依頼の意思を確認します。

具体的には
① 契約内容確認について
第1契約及び第2契約ともにその契約書の提示を受け内容を調査・確認
特約、第三者のためにする契約条項の要件充足がなされているかを確 認する。
② 登記原因証明情報の作成
「第2契約に先行して第1契約の決済を行なう場合」
(転売先が決まっておらず、とりあえず買っておく場合)
この場合は、登記原因証明情報複数作成(指定書含む)
 「第1契約と第2契約の決済を同時に行う場合」
    登記原因証明情報は1通でも足りる
③ 売主、買主、第三者に対する説明・助言
④ 司法書士報酬
 第1契約の決済立会いと第2契約の決済立会いの双方の司法書士報酬が発生する

中間者の本人確認 宅建業者の商業登記簿謄本(個人の場合の免許証)



第2 成年後見制度における本人確認と意思確認

 1 意義

本人確認できても、意思確認が出来なければならない。
意思能力のない法律行為は無効
   (能力は契約時から必要である。登記時だけでは足りない)

具体例
  ・ 父所有不動産であるが父は意思能力ない。周りの人や相続人が父の印鑑を使用して売買契約し、父の預金にしたい。

 ・ 共有者他の人は売買賛成。ところが共有者の一人である父が意思能力ない。 

売買契約はできない。勿論登記もできない。


2 成年後見制度の種類

法定後見制度
    成年後見類型
    保佐類型
    補助類型
任意後見制度
任意代理


 3 法定後見制度の申立等

申立は本人の同意不用 4親等以内の親族申立
医師の診断書を添付

家庭裁判所は、本人の能力につき原則鑑定する

成年後見人等には推薦人がなることが多い

   成年後見人等に選任されると登記される(後見登記ファイル)

成年後見人に選任されると、本人の財産処分権限が与えられる
   保佐人には、法律上同意権が、補助人にも不動産処分の特別代理権が申立又は本人の同意により与えられる
   
但し、居住用不動産の処分には、家裁の許可が必要

成年後見人等が本人の財産を処分してもそのお金は本人のお金である
本人が亡くなれば、相続問題となる


Q6 「成年後見人が被後見人の宅地を売買する場合、本人確認は必要か?」

犯罪収益移転防止法では、成年後見人がその職務として行う財産の管理 処分は特定業務から除外されている。
令9条第4号
(成年後見人、その他法律の規定により、人のために当該人の財産の管 理又は処分を行なうものとして、裁判所又は主務官庁により選任されるものがその職務として行う当該人の財産の管理又は処分)

これは、成年後見人自身が職務として行なう行為が特定業務に当たらない ことを意味します。
それゆえ、成年後見人は、その財産の処分の相手方の本人確認は要せず、  また記録の作成も必要ありません。


Q7 「成年後見人乙が、被成年後見人・本人丙の宅地を売買しその登記手続きを司法書士甲に委任する場合、司法書士甲は、どのような本人確認を行なうのでしょうか?」

司法書士甲が成年後見人乙から、乙の成年後見人の職務として本人丙の 宅地の売買に伴う所有権移転登記手続きを受けることは、司法書士の特定業務に該当するため、司法書士甲は、代表者としてのその成年後見人乙と顧客としての本人丙の本人確認を行なわなければなりません。

(同じように、司法書士が、未成年者所有の宅地売買登記を行う場合、司  法書士は、未成年者と親権者の両者の本人確認を行わなければなりません。)

Q8 「成年後見登記事項証明書は、本人確認書類に該当しますか?」

成年後見登記事項証明書は、成年被後見人の本人確認書類に該当します。
しかし、成年後見人の生年月日の記載はないため、成年後見人の本人確 認書類にはなりません。成年後見人の運転免許証等が必要です。


Q9 「不動産売却代理権を有する保佐人が、被保佐人本人の宅地を売買することは、特定業務でしょか?」

特定業務に該当しません。


Q10 「不動産売却代理権を有する保佐人が、被保佐人本人の宅地を売買し、司法書士が登記手続きを保佐人から依頼を受ける際、誰を確認すればよいでしょうか?」

被保佐人が顧客で、その保佐人が代表者等にあたりますので、被保佐人 と保佐人の両者の本人確認、及び保佐人の意思確認を行なわなければなりません。


Q11 「司法書士が、保佐人の同意を要する宅地の売買の登記手続きを被保佐人から依頼を受ける際に、保佐人の本人確認も必要ですか?」

保佐人は当事者ではなく、顧客に該当しませんから、保佐人の確認は不 要です。ただし、保佐人の権限や本人の意思能力等十分注意を払うべき案件でしょう。


Q12 「本人(委任者)が任意代理人(受任者)に本人所有の不動産売却代理権を与えこれが公正証書で作成された(任意代理契約)。司法書士は、本人確認、意思確認につきどのようにすればよいでしょうか?」

任意代理契約における委任者が顧客で、その任意代理人が代表者等にあ たりますので、任意代理契約の委任者と任意代理人の両者の本人確認、及び任意代理人の意思確認を行なわなければなりません。


Q13 「司法書士が、任意後見契約の本人所有の宅地の売買に関する所有権移転登記の申請をその任意後見人から委任を受ける際は、誰を本人確認するのでしょうか?」

任意後見契約における委任者が顧客で、その任意後見人が代表者等にあ たりますので、任意後見契約の委任者と任意後見人の両者の本人確認、及び任意後見人の意思確認を行わなければなりません。

フランス成年後見制度視察座談会

                           平成14年7月
 
 
「対談 フランス成年後見制度視察を終えて
(日本の成年後見制度に対する提案)」



                     報告者 司法書士 永田廣次



(視察団・対談者)
      岡本 均 社会福祉士
      喜成 清重 司法書士
       酒井 範子 社会福祉士
      西原 勇 司法書士
      永田 廣次 司法書士




1 フランス成年後見制度の特徴


喜成 今年の春の連休、フランス成年後見視察団にご参加されまことにあり がとうございました。
そこで、本日は、視察団にご参加された方々に遠く金沢までご足労願い、フランス成年後見制度に対する感想、日本との比較、日本の制度の問題点、提案等につきまして議論していただきたく企画いたしました。
それでは、司会進行を永田さんにお願いいたします。


永田 はい。では、はじめたいと思います。
私は、視察は大変充実していたと思っているのですが、はじめに、参加された皆々様にお一人ずつフランス成年後見制度に対し特に印象的だったことにつきご発言をいただきたいと思います。
最初に西原さんいかがですか。


西原 私は、国家後見制度の存在が印象的でした。
これは、貧富に関係なく国民全体が後見サービスを受けられるという点でよい制度だと思いました。
それと、医師による本人の要保護性の通知義務ですね。これにより、保護の必要な人が必ず後見等のサービスを受ける機会が与えられるということです。


永田 はい。ありがとうございます。詳細、個別問題点については後で議論をいただくとします。
次に、岡本さんいかがですか。


岡本 私も、国家後見制度です。それと、裁判所の仮保護制度です。これにより、後見、保佐までの暫定的な対応がとれる。


永田 酒井さんいかがですか。


酒井 フランスの成年後見制度はいろいろなサービスが受けられる。又、ボランティア団体の多さというか後見の手助けをする層が厚いと思いました。


永田 はい。私もそう感じました。特にビックリしたのは公的施設の死亡管理も含めたサービスの広さですね。公的施設が葬式まで行うと言っておられました。


岡本 後見の手助けをするという点では、ボランティアの後見事務に事故が発生したときの対応、とくに賠償保険制度が取り上げられていました。もう少しこれを突っ込んでみたかった。


永田 喜成さんはいかがですか。


喜成 後見手続及び事務の簡便さ、費用の安さですね。裁判所費用は無料。ここで裁判所費用というのは裁判費用いわゆる弁護士費用とは異なります。後見制度の申立費用ですね。しかも、法律家の関与を要しない簡便さです。そして、後見裁判官の権限の広さです。


永田 はい。いろいろなフランス成年後見制度の特徴が出てきました。



2 フランス成年後見制度の背景


永田 では、かようなフランス成年後見制度はどのように維持発展されているんでしょうかね。西原さんいかがですか。


西原 それは、やはり、成年後見制度の長い歴史と高齢者の人口割合とか社会資源の問題でしょう。事前調査でも明らかなように日本に比べて単身で生活する高齢者の割合が高いんでしょう。


永田 ほかにどなたか。


岡本 社会背景でしょう。特に宗教の影響があるのではないでしょうか。後見施設も宗教的なものがあるとか言っていましたし。それと、人権の国ですね。



3 国家後見


永田 次に、フランス成年後見制度の特徴として、まず、国家後見を取り上げたいと思います。岡本さん、もう少し詳しく説明してください。又、日本に国家後見類似の制度があればその問題点等お話しください。


岡本 はい、フランスにおいて国家後見というのは、後見人に適任者を得られないときに後見判事が後見の事務を国家に付託した場合のことをいうようです。
フランスでは、後見の機関に完全な後見とか簡易な方式の後見とかありますが、誰も適任者がいないときは、国家が後見の事務を行うというものです。
日本においても今回の成年後見制度構築の際かような国家後見制度を検討されたようですが法案化されず、現在これが成年後見制度利用支援事業にスライドしたと私はみています。
日本の成年後見制度利用支援事業は、二つの側面があり、一つは成年後見制度の申立てに要する経費(登記手数料、鑑定費用等)を助成する点と、二つは後見人等の報酬の助成です。日本では、国が後見人の報酬を助成することで国家後見と類似のものとなっているように思われます。


西原 そうとしても、この成年後見制度利用支援事業は、行政に対する国の補助で、申立の対象者に家庭裁判所が報酬額について審判した場合、市町村が助成の判断をしたうえで助成額を振り込み国庫補助の対象としているにすぎない。
それすら、現在市町村で取り扱いはバラバラ。しかも、市町村と県が納得しないと事業が進まない。これでは、財産のない人に対する成年後見制度利用という観点から充分な制度でない。


喜成 何か刑法の国選弁護人制度と似ていますね。
国家後見と類似の制度があるが、現在使いにくい、機能していないというべきでしょうか。


永田 はいそうですか。
関連ですが、本日のリーガルサポート総会において、本部は家庭裁判所の要請に基づいて、神戸支部に相当数の後見監督人を事前にしかも低額で丸投げしたが、これも考え様によっては日本における国家後見の類似制度と見なされるかも知れませんね。



3 後見団体


永田 次の問題に移ります。受け皿という問題では後見団体の存在が特徴的でした。
日本では、後見人候補者の団体受け皿として、司法書士が社員となっているリーガルサポートがありますが足りないのではありませんか。岡本さん後見団体の説明とともに、日本における団体の受け皿という視点でお話ください。


岡本 はい。フランスにはもともとプロテスタントの慈善運動として後見団体が活動していた。これが現在、宗教的なもの非宗教的なもの相当数存在しているようで、国の承認を得てさらに国家後見人として活躍している。そういう意味では社会資源が豊富との印象をもちました。
日本はまだまだ後見人団体の社会資源が不足でしょう。いや、未成熟と言ってもよいかも知れません。今後は、弁護士会、社会福祉士会、家庭裁判所の調査官OBとかが後見団体設立にもっと活動する必要がでてくるでしょう。


西原 税理士会とか社会保険労務士会なんかは動きがあるんじゃないですか。私は、これらの会の要請でリーガルサポートの説明に行ったことがあります。


岡本 そうですか。税理士会が後見人団体を設立すると、受け皿としては頼もしいんではないでしょうか。税理士は現在約6万5000人おられ、税務関与先の事情、家族の状況を把握されている。私は、司法書士会と税理士会とで後見人協会を作られるとおもしろいと思っています。


永田 では、実際、後見団体はどのようにして活動しているのでしょう。西原さんお願いします。
 

西原 まず、成年後見人に誰が就任するかが前提となります。
フランスでは、社会福祉的観点から本人保護を考えているが、統計的には、家族による後見人就任が半数、残りは家族以外と言っていましたね。家族がいないときに裁判所の判断で、職業的後見人や、後見団体が登場するとのことだ。


酒井 その家族が後見人に就任できない場合の説明として、社会学的意味で家族が崩壊しているとか家族が遠方にいる。精神障害者の場合は、病状の特質のため家族が面倒を見切れない、家庭内で不和が生ずる等理由が述べられていました。80%の人は家族と交流がない。1/5の人は医者に会いたくないと統計的な話もありました。数字はともかく、このような状況は日本と同じと思いました。
しかし、フランスの場合は、精神病院のあり方の変化により精神障害者が、病院ではなく地域で生活するようになり、後見団体の受け皿、活動があると説明がありました。
しかも、財産を沢山持っている人は後見団体へこないと言っていました。


岡本 はい。後見団体は、国家後見の受け皿と理解すればいいのでないでしょうか。国家後見は、形式的に国家が後見人に任命されるが、実際の業務は後見団体が行うと説明がありました。
そして、後見団体の費用は国から支払われる。でも国の社会福祉関係の政策に基づくから、失業者対策に予算をとられ後見団体への予算は厳しくなっているとぼやいておられましたね。


永田 後見団体の後見業務は、後見団体の職員だけが行うのですか。


酒井 ボランティアの人も後見団体のお手伝いをするとの説明がありました。ボランティアの人々には、勤務引退の主婦、アシスタント達で、買い物の手伝い、近隣の助け合い、その他社会保障的お手伝いをしている。これらボランティアの人は後見団体の理事長と契約し援助行為をする。でもその範囲は任務が特定されていて包括的な権限は与えられないし、万一のために民事保険に加入していると言っていました。


永田 はい。ボランチィアのかたのお手伝いがあるので大分予算的にも助かるのですね。
ところで、日本のリーガルサポートは法人格がありますが、フランスの後見団体も法人格があるのでしょうか。


喜成 代理行為をするので法人格が必要だとの説明だった。
そして、裁判所のほうでは、後見人団体リストを用意している。理事長の経歴、職業まで把握しているようだ。団体長の変更があれば又適格性審査があるとも言っていた。地域裁判所の検察官が団体長の適正を判断している。なんだかんだと裁判所に後見団体として信用されるのに2年ぐらいかかるようだ。



4 医師の通知義務


永田 精神病院でも又裁判所でも聞いたのですが、成年後見制度に関する医師の通知義務という制度は初めて聞きました。この制度は概略どのようなものでしたかね。酒井さん。


酒井 フランスには、後見、保佐の開始までの暫定的な制度として、司法的保護という制度があります。そこでの医師の通知義務と理解しています。具体的には、公立病院の医師が、患者について法的保護の必要性を認めれば検察官にこれを宣言する義務です。又、義務かどうかははっきりしませんが、医師の裁判所に対する通知も裁判所との話のなかには出て来たようです。
これは、医師の成年後見制度申立てに関する「職権主義」ないしは「中間主義」みたいに思います。


岡本 日本においても結核とか伝染病には医師の通知義務がありますが、このフランスの通知義務は、医療制度から離れた福祉分野に医師が深く関与している印象でした。


永田 はいそうですね。フランスでは、成年後見制度に関わる医師の役割は大きい。しかも社会福祉士的な役割も担っているとの印象を私も強く思いました。


喜成 そうだ。被後見人の患者が医師に後見人がよくないと訴えるときは、そのことを裁判所に知らせるのも医師の役割だと言っていました。


西原 しかも、その通知義務ある医師は日常医ということで、眼科医でも産婦人科医でも対象となると言っていました。何かフランスにおける成年後見制度の底力というものを感じました。


永田 でも、いろんな医師が関わるということはわかりましたが、それら医師の報酬はどう処理されるんでしょうね。


喜成 鑑定は診療報酬に入っていると言っていましたから、通知の費用も診療報酬に入っているのかも知れませんね。もしかすると、無報酬かな?



5 司法的保護


永田 でも、医師の通知義務というのは、司法的保護すなわち仮保護の段階でしょう。これで、報酬がもらえるのでしょうかね。そもそも、仮保護というのがよくわからないのですが。


喜成 仮保護即ち司法的保護というのは、緊急の必要性における応急的意味合いもあるんじゃないですか。
本人の身上監護を早くしたい。又、財産管理を早くしたいというときに利用されるんじゃないですか。日本の制度で言えば審判前の保全処分ですかね。


永田 なるほど。では、日本の審判前の保全処分はうまく機能していますか。
喜成さんいかがですか。


喜成 ウーン。よくわかりませんが、本人の身上監護をしたいときに、審判前の保全処分がなされることは、未だ少ないでしょう。身上監護に対する保全処分そのものがなされるかも疑問です。


岡本 現在、身上監護について審判前に何かしようとすれば、事務管理の理論で行うしかないんじゃないでしょうか。日本の成年後見制度において後見人を選任してから後の手続きはできた。しかし、後見人選任前の本人保護手続きを検討する必要があるのではないか。


永田 はいそうですね。財産問題についても、例えば、不動産処分しようとしてもなかなか手続きが進まない。それゆえ、折角の売却機会を逃がすことも現実に生じています。もっとも、後見人選任手続きが迅速に進めば片付けられる問題かも知れませんが。


喜成 いや、フランスの司法保護制度は、それ自体独自の制度、本人の能力にしても、財産管理方法にしても、日本にはない、弾力的な応急的、暫定的制度でしょう。本人が単独で行為することができる点をみても日本にはない制度だ。


永田 そうですか。この審判前の制度が日本では、未だ構築されていないという理解でよろしいでしょうか。
それと、ちょっとわからないのが、さっきもチラッと話題に上りましたが、仮保護の場合手続き費用を誰が負担するのでしょうかね。


喜成 後見人選任とか保佐人選任の場合、日本では申立人負担となっている。審判前の保全処分はやはり申立人負担だろう。


永田 日本では、例えば司法書士という専門家が手続きに関与する場合、司法書士の報酬はいついただけるのでしょうかね。


喜成 書類を作成すればいただける。


永田 審判前に報酬をいただけるのでしょうか。


西原 フランスの後見裁判所では、手続費用は無料だといっていた。専門家の関与もないといっていた。とすると、司法保護でも手続きは無料だろう。


永田 ということは、医師の診療報酬のみが保護されていると考えればいいのでしょうか。


岡本 日本では手続き費用負担問題は今一度考慮する必要があるのでしょうね。日本において、申立人に費用負担ということを貫くと申立て案件が少なくなってしまうのでないでしょうか。先ほど議論された、成年後見制度利用支援事業も検討の余地ありでしょう。



6 後見人の権利義務


永田 大分議論があちこち飛びました。ここで後見人の権利義務について話したいと思います。


岡本 後見人の職務は、日本とほぼ同じように被後見人の身上配慮と財産管理ですが、その後見人それぞれに随分権限を任されている印象でした。


喜成 でも、後見人が本人に代わることはできない。医療行為も本人の自己決定に基づくのが原則だ。とは言っても、危険にある本人を助けないのは後見人の義務違反だ。フランスは民事と医療とを区別しているが、後見人は本人が入院をいやがっていても入院させている。そのいやがっている理由が何なのかが問題だ。例えば、精神病の症状でいやがっているか否かだ。
 そして、フランスでも医師は、後日民事責任を追及されるのはいやだから、後見人の治療同意をとるといっていた。しかし、後見人が治療行為の同意を与えるべきか否か限界事例での判断がむずかしいといっていました。勿論治療行為の内容によるでしょう。死にそうになっているときは治療行為の同意を与えなければならないし、足がいたいぐらいでは放置するんでしょう。最後は、人類愛でしょうね。日本でも同じような問題を抱えていますね。


永田 はい、難しい問題ですね。
その他、後見人はどのようなことをやっているのでしょうか。西原さんいかがですか。


西原 後見人の権限は弾力的でいろんなことをやっているようですね。例えば、株式投資も行うとか。それにより被後見人に利潤が生ずると、後見人の報酬が多大になるんだとか言っていましたね。後見人は株式投資がしたいみたいでした。でも、株式投資により、本人の財産を減少させてしまうこともあるようですね。


喜成 裁判所はよく後見人をリスト化していて、信用のおける後見人はコレコレと言っていました。後見人が株式投資に失敗して問題が生ずると上位のリストから外されてしまう。


西原 後見人候補者の裁判所への売り込みもすごいようですね。


永田 ちょっと後見人の権限が広いということで思い出したんですが、例えば、日本の後見人は、被後見人に代わって営業ができることとなっている。そこで、後見人が賃貸マンションを建築するとか分譲マンションを建築する。それら建築資金を金融機関から借り入れることもできる。フランスでは株式投資が実際行われているぐらいだから、これぐらいも実際上可能のようだが、日本では、かようなことは実務上できますか。


西原 後見人の善管注意義務との兼ね合いではないでしょうか。おそらく、できないでしょう。


永田 フランスにおいて後見人の実際の業務はどのようになっているんでしょうか。


酒井 後見人は、定期的に本人、関係者とコンタクトや連絡をとることが重要で、形式的なやりとりは手紙でも出来ると言っていました。


西原 私は、後見人が実際後見業務を行うにつきどのように権限証明するか興味があったのです。一つは、判決書の写しが権限証明書になる。判決書に理由も書いてあるから具体的権限が明確になる。もう一つは出生証明書の欄外に書いてあるのが権限証明書だとの説明がありました。
でも、権限証明書は日本の登記制度のほうが優れていますね。



7 葬式


永田 私が今回視察で一番驚いたのが、フランスでは、公的病院は病院で亡くなった人の葬式もする、しかもその予算化がされている。又、入院にあたっての身元保証人の制度などないという点でした。


岡本 民間のことはハッキリしていませんでしたがそうでしたね。日本での身元保証人徴収の件については、フランスでは損害保険でカバーしているから制度そのものがないとのことでした。
葬式については、民間では入院するとき本人の意向を聞いているのかもしれませんし、生前に埋葬契約が成立しているのだろうと言っていましたね。


酒井 遺体が目の前にあるのに放置できないでしょう。フランスでは制度ができているなと感じました。


喜成 日本において遺体を放置すれば、刑法の保護責任者遺棄罪に該当するでしょう。そんなことはできませんよ。


西原 埼玉では、被後見人が亡くなったが市へ死亡届を出す方法がなかった。死亡届出者は戸籍法で限定されていて、成年後見人は届出者ではないんです。しかたなく、被後見人と後見人が同居者として後見人が死亡届を提出し、火葬いたしました。制度の不備ですね。


酒井 だけど、病院になんでも任せるのも問題だと思います。例えば、医療過誤が原因で死亡した場合、変な診断書だって作成されないとは限らないのです。それが病院だけの手続きで、火葬まで進むとなると怖いものを感じます。


喜成 それは、病院の資質の問題でしょう。本来医師は、虚偽診断書を作成できないんじゃないですか。


酒井 しかし・・・。それから、病院に入院しているときは、本人の見舞いにもこないのに、本人が亡くなったら、本人の金目当てに動く人もいますね。


岡本 被後見人が死亡されたときの問題は日本ではまだまだ検討の余地があると思います。現実には、事務管理論や委任終了の際の応急処分の義務「急迫の事情あるとき」の「必要なる処分」で対応していますが、真正面から被後見人死亡の問題を検討する必要があると思います。


永田 議論も尽きないと思いますが、関東方面から来ておられる方もいらっしゃるのでこのあたりで対談を終わりたいと思います。最後に班長挨拶をお願いします。


喜成 皆さん本当にご苦労様でした。なかなかよい議論、提案が出ていたと思います。フランス成年後見制度視察が今後の日本の成年後見制度によい影響を与えることを念願してお開きとします。ありがとうございました。


(金沢市 喜成清重司法書士事務所にて)
       

国際交流部会活動経過報告

国際交流部会活動報告

                    報告者
                    司法書士 永田廣次   


第1 国際交流部会発足まで


1 平成17年4月9日(土)
倉敷市において平成17年度拡大幹事会が開催され、札幌での拡大幹事会と花巻第25回クレサラ被害者交流集会に韓国民主労働党の多重債務者対策の専門家を招待することに決定した。


2 平成17年7月8日(金)
札幌において、全国クレジット・サラ金問題対策協議会と韓国民主労働党代表等とが、今後の継続的経験交流の合意をする。


3 平成17年11月12日(土)
花巻第25回クレサラ被害者交流集会に韓国民主労働党の代表3人が参加した。


4 平成17年は、全国クレジット・サラ金問題対策協議会は、韓国民主労働党の代表を日本に2度招待し日韓協力して多重債務者救済協力の第一歩を印した。
そして、以下のような効果が期待された。
韓国での多重債務問題が、日本のサラ金資本の進出によってもたらされており由々しき国際問題である。クレサラ対協の行動とマスコミの世論形成により多重債務者被害防止効果が期待できる。
両国が多重債務問題の運動上の経験や被害者救済なぞの情報交換を密にすれば、両国の法規制・実務上の対策等、有力なパートナーシップを発揮し、運動も効果的に展開できる。自分の国のことは内側から見ているだけではわからないからである。
両国の国際連帯のもたらす勢いは将来「アジアの債務奴隷問題」としての人権救済や新しい運動を引き出せる。
そのためにも、「日韓多重債務救済シンポジュウム」を開くなどし、政治家やマスコミ、識者にも多重債務問題の深刻さと政治的取り組みの必要性を訴え、ホームレス問題・貧困問題・人身売買・自殺問題等論ずる必要性がある。


5 平成18年1月7日(土)
クレサラ対協新年総会で国際交流部会が発足した。



第2 国際交流部会の活動


1 平成18年4月13日(木)
消費経済新聞社の招きで、台湾から(財)中華民国消費者文教基金会方々が見えられ、大阪プロボノセンターにおいて、多重債務問題解決に関し日韓台の国際交流を行うことに合意ができた。


2 平成18年11月17日(金)
第1回多重債務対策国際会議が鹿児島市において開催された。この問題での国際会議は初めてであった。


3 平成19年5月31日(木)~6月2日(土)
(財)法律扶助基金会と中華民国消費者文教基金会が準備された、多重債務問題意見交換会が台北で開催された。この会議に国際交流部会のメンバー等が参加した。
台湾では消費者債務清理条例の立法化直前であった。この法律は日本の個人再生手続きと破産法に当たる法律である。台北立法院で2人の議員(立法委員)と多くのマスコミ取材陣の中で面談した。又、最高法院、鄭傑夫法官から「消費者債務清理条例」の内容についての解説を聞いた。
伊澤正之弁護士から日本における多重債務問題の現状と多重債務救済の諸 制度紹介を行った。
その後、台北市中山公園から総統府までの約2キロをデモ行進した。
その他、中華民国消費者文教基金や多くの律師と情報・意見交換した。
我々クレサラ対協の30年の闘いは台湾でも驚きの目で見られた。多重債務被害者の組織化や法律家の社会貢献が感銘を与えたようだ。
なお、消費者債務清理法は、6月8日成立した。


4 平成19年9月14日~15日
ブリュッセル(ベルギー)で開催された、ECRC会議(責任あるクレジットを求める欧州連盟)に参加し、和田聖仁弁護士が英語で日本の多重債務問題を報告した。


5 平成19年9月29日~30日
大津第27回被害者交流集会に台湾の消費者被害救済に取り組む「法扶助基金会台北北分科会」の代表が参加された。


6 平成19年10月4日(木)
弁護士会館において、台湾の「法律扶助基金会台北北分科会」と意見交換会を行った。又、太陽の会を案内し、実際の相談の仕方や相談体制について紹介した。


7 平成19年12月 日
台湾の債務整理条例施行後の問題点シンポに参加した。


8 平成20年11月13日~14日
ロンドンで開催された、ECRC会議に参加した。


9 平成20年11月8日(土)
秋田第28回被害者交流集会文化会において、「韓国・中華民国・日本の裁判官に聞く~多重債務者救済手続きの国際比較~」を開催した。


10 平成20年9月5日~9日
韓国における多重債務者救済状況について調査した。


11 平成21年10月31日~11月2日
台湾法律扶助基金主催「2009法律扶助国際シンポシンポジウム」に参加した。


12 平成21年11月27日
北九州市において韓国・台湾・日本の法律家交流フオーラムを開催した。


13 平成22年6月5日~6日
韓国の弁護士3名と事務局員が実務研・被連協研修会参加後木村達也弁護士と韓国クレサラ問題解決のための意見交換会を行った。


14 平成22年5月
和田聖仁弁護士が韓国漢陽大学ロースクールで「日本における任意整理の運用実態について」講演した。


15 平成22年5月
韓国の被害者7人が広島県呉市で開催された被害者交流会に参加され、多くのことを学んで帰られた。


16 平成22年 月 日
大山小夜先生がイギリスで開催されたCFRCに参加した。


17 平成22年5月7日~
皆川部会長が大連弁護士協会を訪問し、中国における金融問題を調査した。


18 平成22年8月28日~29日
韓国ソウル梨花女子大学で開催された韓国の被害者の会設立準備会に約30名(弁護士、司法書士、消費生活相談員、被害者の会、依存症対策会議)が参加した。


19 平成22年11月26日
被害者交流集会の前日第5回多重債務対策国際会議を開催した。参加国は、韓国15名・台湾6名、中国1名、日本であった。

国際交流部会資料集

全国クレジット・サラ金問題対策協議会
国際交流部会資料集

ご利用の方は、お問い合わせください。
℡0776―24-7831

1 第1回多重債務対策国際会議~高金利からアジアを見つめる~
  (201頁)

2 国際会議in2008 秋田 報告書
   韓国・中華民国・日本の裁判官に聞く
  ~多重債務者救済手続きの国際比較~
  (116頁)

3 2006~2009 国際交流部会報告書
  (296頁)