本人確認と意思確認
○○○会業務研修会
「本人確認と意思確認」
司法書士 永田廣次
はじめに
犯罪による収益の移転防止に関する法律が平成20年3月1日から施行されている。この法律は、宅地建物の売買に関する手続き等特定業務につき本人確認が義務づけられた。
さらに福井県司法書士会は、司法書士に対し、法律より広く相談を除く業務全般につき本人確認と意思確認を義務づけた。
第1 本人確認と意思確認
1 定義
本人確認とは、司法書士が、業務を行なうに際して、依頼者及びその代理人等の公的証明等により本人特定事項を確認して「本人の実在性」と「書類との同一性」の確認をすること並びに依頼者が依頼された事務の「適格な当事者」であることの確認をすることをいう。
意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認することをいう。「意思能力」・「事実聴取」・「手続き選択」・「手続き依頼の意思」を確認する。
2 要点
「本人確認・意思確認の対象者」
個人の場合
・本人確認の対象者は、顧客等をいう。依頼者及びその代理人等
・意思確認の対象者は、依頼者又はその代理人等
法人の場合
・本人確認の対象者は、法人及び代表者若しくは担当者等
・意思確認の対象者は、法人の代表者又はその担当者等
「本人確認の方法」
施行規則に記載されてある。
個人の場合
ア 面談し本人確認書類の提示を受ける
イ 本人確認書類受領後転送不要扱いの書留郵便等により文書送付
法人の場合
ア 法人の代表者と面談し登記事項証明書又は印鑑証明書の提示を受ける
又は、担当者と面談し、法人の登記事項証明書又は印鑑証明書の提示を受け、さらに担当者個人の本人確認書類の提示を受ける
イ 法人へ転送不要扱いの書留郵便等により文書送付
「意思確認の方法」
個人の場合
ア 面談
イ 電話
法人の場合
ア 代表者との面談
イ 代表者への電話
ウ 代表権限を有しない代理人等の場合は代表者が作成した依頼の内容及び意思を証する書面が必要(委任状)
「確認書類」
個人の確認書類
(1)写真つきの有効なもの
運転免許証
パスポート
(2)写真つきでない公的証明書
(有効又は期限のないものは発行後3ケ月以内)
国民健康保険証
国民年金手帳
後期高齢者医療保険証
住民票
印鑑証明書
「本人確認等の記録」
依頼者・代理人等の氏名、住所、生年月日
依頼内容
確認方法 等
特定業務の場合は、取引又は特定受任行為の代理等に係る財産の価格
「保存義務」
事実の証拠保全
当事者間の無用な争い防止
10年(犯罪収益移転防止法は7年)
退会後は保存義務がなくなるが、守秘義務は残る
「受託拒否」
本人確認並びに意思確認できなければ、受託拒否できる旨の規程が存す
る
3 事例
Q1 「宅地取引決済に際して、本人確認・意思確認は売主とともに買主についても必要ですか? その際、何を持参していただけばいいでしょうか?」
買主についても、本人確認・意思確認が必要です。
住民票、認印の他本人確認書類が必要です。
本人確認書類としては、免許証の提示を求められています。
その際、免許証のコピーをそれぞれいただきます。本来原本の提示で よいのですが、運転免許証の内容を記録するには時間がかかり又誤りが生ずるので、免許証のコピーをいただきます。
決済当日仕事が忙しいため出頭できない場合は、事前に司法書士が本 人確認・意思確認することでもよいです。
Q2 「妻が、依頼者である夫所有の宅地売買決済に出頭しました。決済できるでしょうか?」
できるばあいと出来ない場合があります。
本人確認は、夫と妻に必要です。
夫の本人確認をどのようにするかですが、一般的には、事前に司法書 士が夫と面談し免許証原本の提示とそのコピーをいただいておくのが通常の方法です。
又、例外として、夫については、あらかじめ父の免許証のコピーをい ただき、その住所へ転送不要扱いの書留郵便により委任状を送付しておき、この委任状を決済当日妻から収得する方法もあります。
免許証の住所が実際居住しているところと異なれば、郵便配達されま せんから決済できません。
意思確認は、夫又は妻 但し、依頼者である夫の意思を疑うに足りる 事情があるときは夫の意思確認をしなければならない。
ただし、司法書士としての職責上から言えば、依頼の内容及び意思確 認も必要であり、妻が夫の代理人として日常家事債務でない不動産取引について登記手続きを代行することは特別授権が必要です。司法書士は、夫から妻への特別授権を認定できないので、夫と面談し夫の意思確認をすることが原則です。最低限夫に電話をかけ意思を確認することが必要です。
これらができないときは、決済できません。
同例
長男が、依頼者である老齢の父所有の宅地売買決済に出頭した
本人確認は、父と長男
意思確認は、父又は長男(代理制度の尊重) 但し、依頼者である父 の意思を疑うに足りる事情があるときは父の意思確認をしなければならない。
Q3 「売主さんは、高齢のため免許証を持っていません。何を決済の場に持参すればよいでしょうか?」
権利証、印鑑証明書、実印、本人確認書類
本人確認書類としては、写真付の公的証明書が理想です。パスポートがあればよいですが、写真付以外のものでは、官公庁の発行する公的証明書、例えば国民健康保険証、国民年金手帳、住民票等を持参してください。但し、規程基準第5条コメントでは、2点必要とのコメントがある。
(会則規程基準第5条(3)では、実印押捺の委任状と印鑑証明書で もよいと記載してあるが・・・・・)
Q4 「株式会社の代表取締役がほとんど会社にでてきません。実務は、担当者が行なっています。この場合、司法書士は代表取締役も確認しなければなりませんか?」
法人の場合、代表者等とは、代表者のことではなく、実際に特定業務 に依頼の任にあたっている自然人を指します。それゆえ、例えば営業の担当者を確認すれば足り、代表取締役自身の確認は必要ありません。
Q5 「売買による宅地又は建物の所有権移転登記手続きの受任で、買主の地位の譲渡、第三者のためにする契約等中間の債権契約当事者(乙)が所有権を取得することなく登記名義人(甲)から直接最終取得者(丙)に所有権が移転する契約に基づいて行なわれる場合の顧客等とは誰になりますか?」
法律上本人確認の対象者(顧客等)は、甲及び丙です。この場合、中間者乙は契約当事者であり登記義務者に準じて考えるべき者ではあるものの、登記義務者そのものではありません。
しかし、司法書士会会則等では、依頼者又は代理人等の意思確認等を 司法書士に義務付けています。
意思確認とは、依頼内容意思の確認と司法書士への委任意思を確認す ることをいいます。手続き選択・手続き依頼の意思を確認します。
具体的には
① 契約内容確認について
第1契約及び第2契約ともにその契約書の提示を受け内容を調査・確認
特約、第三者のためにする契約条項の要件充足がなされているかを確 認する。
② 登記原因証明情報の作成
「第2契約に先行して第1契約の決済を行なう場合」
(転売先が決まっておらず、とりあえず買っておく場合)
この場合は、登記原因証明情報複数作成(指定書含む)
「第1契約と第2契約の決済を同時に行う場合」
登記原因証明情報は1通でも足りる
③ 売主、買主、第三者に対する説明・助言
④ 司法書士報酬
第1契約の決済立会いと第2契約の決済立会いの双方の司法書士報酬が発生する
中間者の本人確認 宅建業者の商業登記簿謄本(個人の場合の免許証)
第2 成年後見制度における本人確認と意思確認
1 意義
本人確認できても、意思確認が出来なければならない。
意思能力のない法律行為は無効
(能力は契約時から必要である。登記時だけでは足りない)
具体例
・ 父所有不動産であるが父は意思能力ない。周りの人や相続人が父の印鑑を使用して売買契約し、父の預金にしたい。
・ 共有者他の人は売買賛成。ところが共有者の一人である父が意思能力ない。
売買契約はできない。勿論登記もできない。
2 成年後見制度の種類
法定後見制度
成年後見類型
保佐類型
補助類型
任意後見制度
任意代理
3 法定後見制度の申立等
申立は本人の同意不用 4親等以内の親族申立
医師の診断書を添付
家庭裁判所は、本人の能力につき原則鑑定する
成年後見人等には推薦人がなることが多い
成年後見人等に選任されると登記される(後見登記ファイル)
成年後見人に選任されると、本人の財産処分権限が与えられる
保佐人には、法律上同意権が、補助人にも不動産処分の特別代理権が申立又は本人の同意により与えられる
但し、居住用不動産の処分には、家裁の許可が必要
成年後見人等が本人の財産を処分してもそのお金は本人のお金である
本人が亡くなれば、相続問題となる
Q6 「成年後見人が被後見人の宅地を売買する場合、本人確認は必要か?」
犯罪収益移転防止法では、成年後見人がその職務として行う財産の管理 処分は特定業務から除外されている。
令9条第4号
(成年後見人、その他法律の規定により、人のために当該人の財産の管 理又は処分を行なうものとして、裁判所又は主務官庁により選任されるものがその職務として行う当該人の財産の管理又は処分)
これは、成年後見人自身が職務として行なう行為が特定業務に当たらない ことを意味します。
それゆえ、成年後見人は、その財産の処分の相手方の本人確認は要せず、 また記録の作成も必要ありません。
Q7 「成年後見人乙が、被成年後見人・本人丙の宅地を売買しその登記手続きを司法書士甲に委任する場合、司法書士甲は、どのような本人確認を行なうのでしょうか?」
司法書士甲が成年後見人乙から、乙の成年後見人の職務として本人丙の 宅地の売買に伴う所有権移転登記手続きを受けることは、司法書士の特定業務に該当するため、司法書士甲は、代表者としてのその成年後見人乙と顧客としての本人丙の本人確認を行なわなければなりません。
(同じように、司法書士が、未成年者所有の宅地売買登記を行う場合、司 法書士は、未成年者と親権者の両者の本人確認を行わなければなりません。)
Q8 「成年後見登記事項証明書は、本人確認書類に該当しますか?」
成年後見登記事項証明書は、成年被後見人の本人確認書類に該当します。
しかし、成年後見人の生年月日の記載はないため、成年後見人の本人確 認書類にはなりません。成年後見人の運転免許証等が必要です。
Q9 「不動産売却代理権を有する保佐人が、被保佐人本人の宅地を売買することは、特定業務でしょか?」
特定業務に該当しません。
Q10 「不動産売却代理権を有する保佐人が、被保佐人本人の宅地を売買し、司法書士が登記手続きを保佐人から依頼を受ける際、誰を確認すればよいでしょうか?」
被保佐人が顧客で、その保佐人が代表者等にあたりますので、被保佐人 と保佐人の両者の本人確認、及び保佐人の意思確認を行なわなければなりません。
Q11 「司法書士が、保佐人の同意を要する宅地の売買の登記手続きを被保佐人から依頼を受ける際に、保佐人の本人確認も必要ですか?」
保佐人は当事者ではなく、顧客に該当しませんから、保佐人の確認は不 要です。ただし、保佐人の権限や本人の意思能力等十分注意を払うべき案件でしょう。
Q12 「本人(委任者)が任意代理人(受任者)に本人所有の不動産売却代理権を与えこれが公正証書で作成された(任意代理契約)。司法書士は、本人確認、意思確認につきどのようにすればよいでしょうか?」
任意代理契約における委任者が顧客で、その任意代理人が代表者等にあ たりますので、任意代理契約の委任者と任意代理人の両者の本人確認、及び任意代理人の意思確認を行なわなければなりません。
Q13 「司法書士が、任意後見契約の本人所有の宅地の売買に関する所有権移転登記の申請をその任意後見人から委任を受ける際は、誰を本人確認するのでしょうか?」
任意後見契約における委任者が顧客で、その任意後見人が代表者等にあ たりますので、任意後見契約の委任者と任意後見人の両者の本人確認、及び任意後見人の意思確認を行わなければなりません。